
主体性からはじめるチーム作り循環モデル構築の試案
【要旨】
社員同士の良質な関係性が業績向上に結び付くことは、人財開発の現場で30年以上携わってきて現場で体感してきた。良質な関係性を築くためには、社員一人ひとりの主体性が確立していなければ、企業においては業績に結び付かない。しかし、管理職研修で実感しているのは、取締役間のコミュニケーションギャップである。そこで「関係の質」構築前に管理職の「課題設定力」「発信力」が日本型の成功循環モデルではないかと考えた。今回は、自己を知る主体性構築ワークから見えてきたチーム作り循環モデル構築の試案を発表する。
- 取締役間におけるコミュニケーションギャップ
OECD国際比較データによると2019年の日本の労働生産性(就業時間1時間当たり付加価値)は37カ国中21位で主要先進国7カ国では最下位である。これは一時的な落ち込みではなく、約半世紀続いている現実である。各種業務におけるIT化の遅れも一因ではあるが、いずれにせよ、日本は働き方においてさまざまな改革が必要な状態に陥っているといえる。
労働生産性について、30年以上人財開発を手掛けてきた実務家としては、社内での関係性構築、エンゲージメントは確実に業績結果を出していると実感している。しかし、日本においては関係性構築の前にすべきことがあるとチーム作り比較で新たに発見した。社員が成果を出すためには、エンゲージメントが重要であり、そのベースになるのが、「心理的安全性」が確保された環境である。「心理的安全性」とは、一人ひとりが恐怖や不安を感じることなく、安心して発言・行動できる状態のことでGoogleが提唱した考え方である。心理的安全性が確保されたチームであれば、イノベーションが起こり、業績も上がる。この点は、筆者も2000年に発表した通りエンゲージメントと業績の関係については確認できた。1点仮説と異なったのは、日本においては、筆者が現場で行った「自己肯定ワーク」のありなしで、その後の社員エンゲージメントに差が出たことから、心理的安全性の前に自己肯定感を育成して「主体性」を構築するプログラムが必要だったことだ。この点は、この数年実施している管理職研修で浮き彫りになった。
ダニエル・キムの成功の循環モデルは「関係の質」→「思考の質」→「行動の質」→「結果の質」だ。筆者は、「関係の質」構築前に自分の軸を構築し、「主体の質」を高める段階を踏む必要があると考え、実践してきた。その内容を今回発表し、新たな成功循環モデル試案を提示する。
2.取り組み実例
自己肯定ワークとは何か。過去・現在・未来を描くことで自分の存在を積極的に評価し、自尊感情や自信につなげる演習である。小・中・高・(大学)社会人それぞれのステージでの出来事を振り返るだけでなく、その時の感情を思い出し、どんな気持ちでそこにいたのか、その気持ちは何が原因なのかまで深掘りする。それを共有することで周りが自分を理解し強みに着目してくれるようになると、弱みも曝け出すコミュニケーションが出来るようになる人財開発演習の1つである。
自分自身を率いるリーダーシップとして「セルフリーダーシップ」といった言葉もあるが、そもそも自己肯定感と自己分析ができなければ、どの方向に自分を率いていけばよいか道筋が立たない。
今回は、自己肯定ワークなど一連のプログラムを組み立てて実施した3社の事例を解説する。3社で構築したプログラム内容は、全部で5ステップである。第一ステップでは、1on1ミーティング。自己肯定ワークに当たる。具体的な手法としては、自己形成で使われる「ライフヒストリーグラフ」で自分の過去を振り返り強みを引き出す。ライフヒストリーは、民俗学では、人の人生を叙述することで、文化の分析と個人の人生がどのように関連するかを記録する方法として用いられてきたが、筆者の人財開発においては「自己開示」による関係性の深化手法として活用してきた。たとえば、自分の仕事人生で一番良かった時と悪かった時を明確にする。インタビュアーは、インタビュイーの一番良かった時の自分の状態を聞く。また、どん底だった時からどのように這い上がってきたのかを質問する。これらを限られた時間内で実施するとインタビュイーは自己開示でき、最高の精神状態や這い上がる時のエネルギーを思い出して行動意欲、存在意義を取り戻す。一方、インタビュアーは、相手の理解が進み、関係性を深めることができる。
第二ステップは、エニアグラムをアレンジしたアンケートによる自己分析で特性を数値化する。エニアグラムとは、ギリシャ語の「エンネア(9という意味)」と「グラーマ(書かれたもの)」に由来しており、人間の性格を9つのタイプに分類する精神構造モデルである。質問に回答することで自分の性格を幾何学図形で把握し自分の強みや弱みについて分析する。エニアグラムについては、科学的に検証することが困難であるといった批判もあるが、自己分析としては活用できると考えた。エニアグラムの結果、同じタイプでチームを作るとイノベーションは生まれないといえることから、チーム編成を考える際の参考になる。
第三ステップは、360度評価をアレンジした他者評価と自己評価で客観的視点を養う。第四ステップは、ミッション、ビジョン、コアバリュー作成により、自分の貢献方法を具体化して言葉で決意表明をする。第五ステップでは、決意した内容を社内コミュニケーションによって各部署へ広げていく。この第三ステップ以降は、現場の反応から3社で順序を変える、省くといったプロセス変化をつけた。
A社(年商約150億円、社員数300名)では、社長以外の役員9名を対象に実施。A社では、ミッション、ビジョン、バリューは既に枠組みとしてあったが、実行して各部署に広げていく役割の役員が受け身であったことから、個人の決意表明までを半年間のゴールと定めた。第一は、コロナ禍であることからオンラインによる1on1ミーティングとした。第二ステップのエニアグラムによる自己分析やタイプの把握、第三ステップの360度評価による自己評価、他者評価はオンラインで行い、第四ステップで、各自がパワーポイントにまとめる形式とした。ミッション、ビジョン、コアバリュー作成により、自分の貢献方法を具体化して言葉で決意表明をする。第五ステップでは、各取締役が社内でメッセージを発信して決意を開示した。
各自のレポートから事例を記載すると、Cさんは自分と向き合った上での気づきとしてよい点は「周囲との協調性を最優先する。時間感覚は未来に集中しているため、未来への準備をしている」、一方改善点は「達成者としての数値が極端に低く、最終目標を示した行動が弱いため、本来あるべきゴールへの達成意欲が乏しい」。従って、将来的な企業の成長を支えていくために必要な強化ポイントは、「成功への意志、行動力、競争心を強く持つ」ことを決意表明としたレポートになった。Dさんの自己分析は、楽観主義者で前向き、興味のあることに集中力を発揮して責任感がある。一方、知識が偏る、発信やチャレンジ、目的意識が乏しいことに気づいた。従って、「外部環境変化に気づくこと、明確なビジョンを持って普段から小さなチャレンジを繰り返す」ことを決意表明した。
9名の全体傾向をまとめると、第一ステップでは、過去を振り返ったことで「未来像が描けていない」現状が浮き彫りになった。原因としては日々の業務に追われ考える時間がない、自分の軸を立てるための思考時間、意識時間がない。従って、自分の基準がなくなり、受け身仕事の傾向は強まつと共に、情報収集のアンテナが立たず、課題設定力が弱まり、その結果、会社の未来も自分も未来も描けていない状態になっていなかった。最初の自己肯定ワークでは、振り返りだけではなく、原因や目指す意識を方向づけた。その上で、数値分析による客観的自己把握、他者評価を行い、自らレポートを作成して各部署で社員へのメッセージを発信することで関係の質向上のステップに踏み出せた。業績については追って成果を発表する。

B社については、マネージャー10名に対して半年間行った。A社では5つのステップで行ったが、B社では360度評価による第三ステップを外した。理由は、自分のビジョンと強み、方向性を明らかにしない状態で周囲の評価を見ると、部下や上司に嫌われたくないといった発言があったことから、B社では実施していない。C社については、360度評価は研修前に第一ステップで組み入れたが本人には公表してない。理由は、A,B社実施時に360度評価の弊害があると判断したからだ。B社、C社の結果は発表当日明らかにする。
3.「主体性の質」向上と日本型成功の循環モデル
企業経営やブランディングにおける最近のキーワードとして「パーパス経営」がある。パーパス(purpose)は、直訳すれば「目的・意図」になるが、「パーパス経営」「パーパスブランディング」として使われる際には、企業や組織、個人が何のために存在するのか、「存在意義」になる。筆者が定義する「主体の質」に通じるものがあると改めて感じている。
筆者が提唱する「主体の質」とは、個々があるべき姿を描け、課題を設定できる力持っているということだ。自分で考え、行動し、成果に責任を持っている状態で、それを支えるのが高い倫理基準である。全社員の前に、まずもって社長とマネージャークラスが過去を振り返りつつ、自己肯定、未来像を描ける、メッセージを発信できる状態にした上で「関係性の質」を上げる行動に移せば、チームとして気づきを共有でき、前向きの思考、行動、結果の質にまでたどり着ける好循環サイクルになる。しかし、主体性の質が確保できず、自分の軸がない、未来を描けない状態で「関係の質」に移行してしまうと単なる仲良し集団にしかならず、傷のなめ合い、責任者が不明瞭、受け身の行動、成果の上がらないチームに成り下がるのである。3社の結果を引き続き検証したい。

文献リスト
ジムコリンズ著 『ビジョナリーカンパニー2』 日経BP社 2012年
スティーブン・R・コヴィー 『7つの習慣』 キングベアー出版 1996年
トニー・シェイ著 『ザッポス伝説 2.0』 ダイヤモンド社 2020年